『ウマ娘』たちはなぜダンスするのか考えてたら天皇へ畏敬の念を抱いた
ついに「ウマ娘プリティーダービー」が配信された。
「ウマ娘プリティーダービー」その中でも「競走馬」を擬人化したソーシャルゲーム(ソシャゲ)である。名馬たちの魂を受け継ぐ「ウマ娘」たちを育て、レースに勝っていくゲームである。
しかし私は疑問を抱いた。レースに勝つと「ウマ娘」たちダンス『ウィニングライブ』が始まるのだ。なんの脈絡もなく。
なぜ「ウマ娘」たちは踊るのか?
その理由を競馬の歴史を振り返りながら考えていきたい。
世界最古の競馬
まずは競馬の誕生から見ていこう
ヨーロッパにおける古代競馬
馬を人間の手によって走らせ、競わせるということははるか昔より行われてきた。
馬の競争について最も古い記録を残しているのは古代ギリシャである。ホメロス(紀元前850~750年ごろ)が著した叙事詩「イリアス」にも競馬についての記録があることから、それ以前には競馬が成立していたことがわかる。
擬人化ソシャゲで(多分)もっとも成功した『艦これ』のモチーフとなった戦艦は、約1世紀ほどの歴史しかないことを考えると圧倒的である。
ただしイリアスに描かれたのは二頭の馬に戦車(チャリオット)を引かせる戦車競走であり、現在のような競馬ではない。
紀元前7世紀以前に成立した戦車競走はギリシャからローマの人々に受け継がれ、ローマ帝国の拡大によってヨーロッパ中に広がった。そして、3世紀の初めごろ、近代競馬の発祥となるイギリスへと伝わっていった。
その他地域における競馬
競馬はヨーロッパのみで行われていたわけではない。競馬は全世界で行われていたと考えられる。
騎馬民族に関する文書は残っておらず、はっきりとしたことはわからない。
遊牧騎馬民族は古くから存在しており、当然競馬のような遊びもやられていただろう。
例えば、モンゴルには過去に行われていたと思われる伝統的な競馬、「ナーダム」などが残っている。
競馬は世界共通の普遍的な行為だったのだ。
日本における競馬の出現
それでは舞台を日本に移そう。
日本に馬具が現れたのは古墳時代、4世紀のことである。このころ競馬が行われたかは定かではないが、似たような遊びは行われていたのではないかと考えられる。
さらに、記録上に馬の競争が出現したのは西暦701年。1300年も前のことである。5月5日、文武天皇臨席のもとで、群臣に走り馬を出させたことが『続日本紀』に記されている。
この時代の競馬は天皇の御前でやるものであり、天皇が臨席しないときには中止になることもあった。 *1
「競馬」と「ダンス」
9世紀前半には競馬は年中行事として確立されていた。新王や貴族は、多くの物品とともに馬を天皇に献上し、その馬を競わせた。
9世紀後期になると、京都周辺の寺社でも競馬が行われるようになる。競馬会神事が催される上賀茂神社、下鴨神社での競馬が行われたのもこの時期である。
この時代の競馬は今のような庶民の娯楽ではない。競馬は「神事」であり、天皇や神に上質な馬を奉納するための行事だったのだ。
カンの良い読者ならもうお気づきだろう。
なぜ「ウマ娘」たちはダンスを踊るのか。
古来より人々は「ダンス(舞)」によって神に感謝と願いを伝えてきた。彼女らは神々に「舞」を奉納していたのだ。
その証拠をお見せしよう。
寛平元年(889年)11月21日、競馬をともなって走馬と舞人を奉納したとの記述がある。*3
馬を奉納する際にも、「舞」が踊られていたのだ。
そう、「ウマ娘」が踊るのは不自然でも何でもない。彼女らは「馬」であり、「巫女」であったのだ。そして彼女らは神への感謝を示すためダンスを踊っているのだ。
アニメ『ウマ娘 プリティーダービー』第3話ではトレセン学園生徒会長、シンボリルドルフがこのようなことを述べている。
「ウィニングライブをおろそかにすることは学園の恥」
無様なダンスを神に奉納することなどあってはならないのである。
誰がためのダンス
「ウマ娘」たちがダンスする理由は理解できただろう。
だがここで新たな疑問が生じる。
なぜ「ウマ娘」たちのダンスは伝統的な舞踊ではなく、近代的なダンスなのだろうか?
その答えを探っていく。
「神事」⇒ 「娯楽」
さらにもう一度、過去に目を向けよう。
10世紀前期までは、競馬は天皇ゆかりの場所や寺社で行われる、公的な行事であったことは先ほど説明した通りである。
これが10世紀中期になると変化が生じる。有力貴族たちが自らの邸宅で競馬を開催し始めたのだ。このころから公的な行事としてではなく、私的な、趣味として競馬が催されはじめたのだ。と同時、に競馬に「神事」としての意義は薄れ、「娯楽」としての側面が強くなる。
競馬は時の権力者や武芸者に愛される行楽として、脈々と続いていった。そして19世紀、近代競馬となるイギリス式の競馬が日本に上陸し、現代のかたちになっていく。このあたりの歴史は長くなるので割愛させてもらう。
ギャンブル無き世界
「ウマ娘」が競い合うレースは『トゥインクル・シリーズ』と呼ばれる。
そしてこの『トゥインクル・シリーズ』、ギャンブルが行われていないのである。あくまで健全な国民的娯楽として定着しているのだ。
ご存じの通り、現実の競馬界はギャンブルとともに発展してきた。
また、競馬場の整備、ダービーの開催、賞金、ウマ娘用の学園の運営etc...間違えなく多額の資金が必要となる。
運営側はギャンブルによる利益を得ていない。では大量のスポンサーがついているのだろうか。そうも考えにくい。レース風景をみても、彼女らの服はおろか背景にも企業が出資したと思えるロゴなどは映っていない。
長くなってしまったので要点を整理しよう。
では、以上を踏まえて
ウマ娘たちのダンスはなぜ近代的なのか?
に答えを出していく。
結論
「トゥインクルシリーズ」を行うには多額の金がかかる。しかし、あの世界ではギャンブルは行われていないが、運営資金に困っている描写もない。
その金はどこから来ているのか。
天皇である。
そう考えるとすべての辻褄が合うのだ。
つまり、
「ウマ娘」世界の競馬は天皇が多額の費用を投じ、趣味で行っている行楽である。そして「ウマ娘」たちは天皇を称え、ダンスを奉納しているのだ。
これが私の出した結論である。
だが誤解しないでほしい。
『トゥインクル・シリーズ』は天皇が私費を投じて開催しているが、それは私利私欲のためではない。
天皇は庶民への娯楽として、これを開いているのだろう。天皇はかつて神事であった競馬を広く庶民へ開放し、みなが楽しめる娯楽へと昇華したのだ。
近代的なダンスも、市民からの要望をうけ、より多くの人が楽しめるかたちへと変化した結果だと考えれば何ら不思議はない。
何という慈悲の心だろう。誰でも楽しめる娯楽を提供し、さらに「ウマ娘」たちの社会的地位の向上につながる。
みんなが幸せになる私的事業として『トゥインクル・シリーズ』は開かれていたのだ。
参考文献
この記事は
長塚 孝, 『日本の古式競馬 ~1300年の歴史をたどる~ 』(うまはくブックレット NO.4), 2002年
を参考にして書かれている。
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